スタッフ紹介CREW

アホな人順にならべてみました

  • 立花律子りっちゃん
  • 連河健仁けんちゃん
  • 太田翔しょうくん
  • 井上桂けーちゃん
  • こまめこまめ
立花律子

立花 律子
たちばな りつこ

小豆島生まれ、小豆島育ち

カフェ店主&おむすび職人

運動神経は鈍いが、細やかな動きを得意とする裏方、事務方のスペシェリストで、多様なネットワークを使い地域を繋ぐ。結んで繋いでメイク・ザ・ハッピー♪ おにぎりを結ぶ早さと数はたぶん世界一。

立花へのメールはこちらまで
[javascript protected email address]

結んで繋いで メイク・ザ・ハッピー♪

Life Story

小豆島観光協会に務めること約20年。事務局長として観光の最前線で尽力を尽くす。が「もっとお客様に近いところで仕事がしたい」と思い立ち独立の道を模索しはじめる。そんなある日、偶然島にやってきた連河にそそのかされ、流れで会社を設立することに・・・。

が、独立したはいいが仕事も無く、電話も鳴らず、事務所の中には閑古鳥。そこで苦し紛れにブログを書きはじめる。が、仕事が無いのでなんにも書くことがなかった。と、「知ってる島の情報ぜんぶ書いたらいいんだよ」と連河。「知ってること全部書いたらネタなくなっちゃうやんけ!」と立花。が、書き続けたら一ヶ月後香川県のブログランキングでTOPに躍り出る。加えて国内旅行部門でも一位にランクイン。そこから少しずつ仕事や取材が入りはじめる。

2007年秋からは島の心地良さや風土を伝えたいと、ガイドツアーに着手することに。が、運動神経が鈍かったことを思い出すが時遅し・・・。お客様に引っ張り出されながらも、たくさんの笑顔とありがとうの言葉に支えられ涙する。

続いて2009年からは、内外を繋ぐ地域コーディネーターとして『瀬戸内国際芸術祭』の裏方業務を担うようになる。と、総合ディレクターである 北川フラム さんに、会場となる場所に食べるお店がないから「カフェやって」と依頼される。が、飲食店などやったこともないド素人。加えて料理と言えばレンジでチン歴20年。カフェなんて絶対に無理!と思うが、断る勇気が無くカフェ経営に着手。苦し紛れに誰でもできそうな『おにぎり』を一生懸命結びはじめる。と、お店に行列が・・・。

人と人、人と地域、人と小豆島を繋ぐ 「結ぶ・繋ぐ」 が自らのミッション。

連河健仁

連河 健仁
れんかわ けんじ

1972年熊本生まれ、札幌育ち
2006年より小豆島

ガイド(航海士)

バーチャルな大海原を彷徨うWEBクリエイターからリアルな大海原を彷徨うアウトドアガイドに転身した異色のシーカヤックガイド。疲弊した瀬戸内海を蘇らせる”SATOUMI”再生が生涯にかけてのライフワーク。
瀬戸内カヤック横断隊隊士。

連河へのメールはこちらまで
[javascript protected email address]

海が呼んでいる・・・

Life Story

2006年に移住してきた九州生まれ北海道育ちの冒険おやじ。島に来る前はIT企業のライブドア社で働いていたが、アレがコレして木っ端微塵に砕け散る。しばし途方に暮れるが、この時大きな転機を感じ、「誰も知らない場所でゼロから新しいことをはじめてみたい」 と新天地を求めて放浪の旅に出る。数字を追いかけるだけの虚しい仕事はもう終わり。これからは小さくてもいいから目の前の人に直接喜んでもらえるような 「手作りの仕事」 をしよう。そうした思いを胸に旅へ出たのだった・・・。

行く当ては無かったが、なんとなく直感で四国に向かった。運命的な出逢いやチャンスというものは、前ぶれもなくあっさりとやってくるものだ。出逢いは高松港から乗った小豆島行きの船の上で起きた。これまでに出逢ったことのない、とんでもなく美しい女性に出逢ってしまったのだ。彼女は透き通った透明感と、万人を包み込む大いなる優しさと厳格さのようなものを内包しつつ、キラキラとした美しい輝きを放っていた。一瞬でこの女性の虜になった。そしてこの女性と生涯を共に生きていくことを心に決め、船の到着港である小豆島で暮らすことにした。彼女の名は『瀬戸内 海』と言った。海のような名前だった。ていうか海だった・・・。

はじめて目にする小豆島は宝石箱のように見えた。が、美しい自然とは対照的に、年間500人ペースで人口が減り続けている過疎地であるという実情を知った。お手伝いできることはないだろうか。一ヶ月後、30年計画の 「MY事業計画書」 を書き上げ島に移住。計画書を手に島を歩いた。そこで後にビジネスパートナーとなる立花に出逢った。立花とは初対面とは思えないほど、考え方や進みたい方向が良く似ていた。オンボロのプレハブ倉庫で起業した。かくしておっさんの運命やいかに・・・。

太田翔 shou ota

太田 翔
おおた しょう

小豆島生まれ、小豆島育ち
2012年大阪からUターン

ガイド&百姓

古くは荘園として栄えた小豆島の米所『肥土山』で生まれ育つ。代々百姓家系で、気が優しく力持ち。目下、百姓(百笑)を目指して大地と格闘の日々。百姓とは 『百を知る』から百姓なのだ。

太田へのメールはちらまで
[javascript protected email address]

やっぱ、島、ええわ~

Life Story

地元の高校を卒業後、大学進学のため大阪へ。というのは表向きの口実で、本当はプロのミュージシャンを目指しバンド活動に明け暮れるバカヤロウであった。しかし、社会人になっても夢は冷めるどころか、更にエスカレート。仕事とバンド活動の二足のワラジ生活を続けながら全国のライブハウスを回りCDデビューも果たす。が、ちっとも売れなかった・・・。島を出て10年の歳月が過ぎ去ろうとしていた。この時人生ではじめて挫折を経験した。この頃から、それまで眼中に無かった島のことを思い出すようになった。

2010年の夏だった。所要で島に帰省した時、生まれ育った近所の田んぼのまん中に、ポツリと一件の『かっふぇ』が出来ていることに驚いた。『こまめ食堂』だった。ガキの頃、自分の集落にも『お洒落なかっふぇ』があったらいいのにな。などと、ないものねだりの夢を見たことがあった。が、それを実際にはじめた人がいることが衝撃だった。おもしろそうなので、面接に行くことにした。

「あの~ここで働きたいんですが。ただ、先に正直に言っておきますが、音楽しかやってこなかったんで、なんの取り柄もありません。特別な技術や能力もありません。なのでお役に立てるかどうかはわかりません。だけど、島を思う気持ちと力仕事だけは誰にも負けない自信はあるつもりです。」 以上が精一杯の売り文句だった。 案の定、面接は失敗に終わり、いつもの生活に戻った。それから数週間が過ぎたある日、電話が鳴った。「ほんまにやる気あるんやったら島帰って来たらええ。あんたの素直さと誠実さを買う。」 連河からだった。うれしさのあまり、俺は夜の大坂の街に向かって一人ギターをかき鳴らした。

あ~あ~やんなっちゃうな。あ~あ~お~どろ~いた~♪ ラーケンロール♪ どうも太田です。
やっぱ、島、ええわ~

けーちゃん

井上 佳
いのうえ けい

小豆島生まれ、小豆島育ち
2015年に大阪からUターン

看板娘&お菓子職人

うっひゃひゃひゃひゃ♪

Life Story

2015年に大阪からUターンして仲間入り。いたずら好きな子どもがそのまま大きくなったようなチャキチャキの島むすめ。食べることが大好きなお菓子職人で、新作スイーツをつくって、誰かを驚かすのが喜び。こまめ食堂のムードメーカーで看板娘。笑顔でおもてなし担当。

おいしいから食べて見て♪ うっひゃひゃひゃひゃ♪ 

スイーツcafeスイーツcafe

こまめ

こまめ

宣伝部長

こまめ島に暮らす謎の生物

平和なこまめ島に暮らす謎の生物。鳥らしいが、羽は退化しており歩くことしかできない。
小さいのはこまめの仲間で、里に暮らす里こまめ。夏になるとたんぼ周辺に出没する。